精神科・心療内科でカウンセリングを受ける方法 臨床心理士の役割と保険適用のポイント
心の悩みを抱えたときに、精神科や心療内科でカウンセリングを受けることは有効な手段の一つです。
ここでは、カウンセリングを担当する臨床心理士の役割や、受診方法、費用負担を抑える方法について詳しく解説します。
こんな人はカウンセリングを受けるのがおすすめ
- 仕事や人間関係で強いストレスを感じ、体調にも影響が出ている
- 気持ちが落ち込んでいるが、どう対処すればいいかわからない
- 誰かに話を聞いてほしいが、家族や友人には相談しづらい
- 同じ悩みを繰り返してしまい、抜け出せない感覚がある
▶ カウンセリングは「深刻な病気の人だけが行く場所」ではありません! 心の負担を軽くするための手段として、気軽に利用していいのです。
カウンセリングをしてくれる専門家とは?
カウンセリングを受ける際、主に以下の専門家が対応してくれます。
- 臨床心理士・公認心理師
- 心理学の専門家であり、カウンセリングや心理療法を担当。
- 精神科・心療内科の医療機関、カウンセリングルーム、学校、企業などで勤務。
- 精神科医・心療内科医
- 医師免許を持ち、必要に応じて診断や薬の処方を行う。
- 精神疾患の診療を担当するが、通常カウンセリングは臨床心理士が行う。
臨床心理士や公認心理師は、患者の話をじっくり聞き、適切なアドバイスや心理療法を提供するのが役割です。一方、医師は診察や治療の方針を決める役割を担います。
カウンセリングを受ける方法
カウンセリングを受けるには、以下の手順を踏むのが一般的です。
- 精神科・心療内科を受診する
- 初診では医師が診察を行い、カウンセリングが必要か判断。
- カウンセリングが必要と判断されると、臨床心理士によるセッションが始まる。
- カウンセリング専門の施設を利用する
- 心理カウンセリングルームなど、病院ではない専門機関を利用する方法もある。
- こちらは保険適用外の場合が多い。
- オンラインカウンセリングを活用する
- スマホやPCを使って自宅で受けられるサービスも増えている。
- 医療機関と連携している場合は保険適用になることも。
カウンセリングは、一度受けただけですぐに効果が出るとは限りません。私も最初の数回は『何か変わったのかな?』と実感が持てませんでした。
しかし、何度か続けていくうちに、少しずつ自分の考え方や行動パターンが変わっていくのを感じるようになりました。
また、カウンセラーとの相性も重要です。『この人とは話しにくい』と感じる場合、無理に続けずに、別のカウンセラーに変えるのも選択肢の一つです。
私の場合、最初の一人目で自分にあったカウンセラーと出逢えたのは僥倖でした。
カウンセリングは“自分が話しやすいと感じる環境”で受けることが大切だからです。
保険適用で経済的負担を抑えるには?
カウンセリングの費用は、保険適用の有無によって異なります。
1. 精神科・心療内科でのカウンセリング
- 医師の診断のもとで臨床心理士が行うカウンセリングは保険適用になることがある。
- ただし、すべての医療機関で適用されるわけではないため、事前に確認が必要。
2. 自費カウンセリングの場合
- 1回5,000円〜10,000円程度の費用がかかる。
- 継続的に通う場合は、経済的負担を考慮する必要あり。
3. 公的支援制度の活用
一部の自治体では、カウンセリング費用の助成制度があります。
自立支援医療制度(精神通院医療)を使うには?
- 精神科・心療内科を受診し、医師に診断書を作成してもらう(診断書の費用は5000円前後)
- 自治体の福祉窓口に申請する(住んでいる市区町村の役所)
- 審査後、認定されると自己負担が1割に軽減(適用まで1~2か月かかる)
🔹 ポイント:精神疾患の診断が必要ですが、「軽度のうつ」でも対象になることがあります。医師に相談してみましょう!
まとめ
カウンセリングを受ける際は、まず精神科・心療内科を受診し、保険適用の有無を確認することが大切です。経済的な負担を抑えながら、無理なく継続できる方法を選びましょう。
▶ 関連リンク: 人付き合いが苦手で孤独を感じる社会不適合者へ 解決策はカウンセリング!
私がカウンセリングをしてくれる病院と臨床心理士を探した時の話
ここでは私が、カウンセリングを受けるまでの出来事を書きます。
心療内科を受診するまでの経緯
私が初めて心療内科を受診したのは、躁状態でエネルギーを使い果たし、それが途切れるとぐったりと動けなくなるという状態が続いていた頃でした。
当時、私はフルタイムの仕事に長時間拘束されるのが難しく、物流会社で宛先別に荷物を仕分ける夜勤の仕事を1日5時間ほどしていました。
しかし、注意力が足りないのか、自分では慎重に作業しているつもりでも、無意識にミスをしてしまうことが多かったのです。荷物を間違った場所に置くといった凡ミスを頻繁に繰り返しました。
職場の人たちは皆良い人で、「誰にでも間違いはあるから気を付けてね」と優しく接してくれました。
しかし、それがかえって申し訳なく感じ、自分のミスの多さに嫌気がさしていきました。職場にいるだけでストレスを感じ、次第に精神的に追い詰められていきました。
ストレスからくる過食と代償行為
ストレスが溜まると甘いものを暴食するようになり、それによる体重増加を気にして、毎日10キロ走ったり、市営のジムに通ったりしてカロリーを無理に消費していました。
睡眠時間を削ってまで運動するようになり、心身ともに疲れ果てていきました。
その結果、原因不明の頭痛に悩まされるようになり、激しい吐き気で嘔吐が止まらなくなることも増えました。一般内科を受診しても異常は見つからず、MRI検査を受けても問題なし。
診断名は「自律神経失調症」でしたが、根本的な解決にはなりませんでした。
心療内科での診断とカウンセリング探し
仕事を休みがちになりながらも続けていましたが、限界を感じ、ついに個人経営の心療内科を受診しました。
最初に心療内科を受診したとき、私は『自分なんかが本当にここに来てよかったのか?』と不安でした。
自分程度の陳腐な精神的な悩みで専門の病院を受診するのはどうなのかと言う遠慮めいた抵抗があったし、医師に『あなたのお力にはなれません』と一蹴されたらどうしようという怖さもありました。
病院に行くと、まず初診の人は心理検査のために絵を描かされるなどの検査を受けました。
でも、実際に医師と話してみると、思ったよりも普通の診察で、『自分の悩みをちゃんと真面目に聞いてくれるんだ』と安心しました。
医師は自分の書いた絵を見て、すぐに適切な薬を処方してくれ、それを服用すると多少は気分が楽になりました。
しかし、ストレスからの過食と代償行為は収まらず、カウンセリングの必要性を医師から勧められました。
そうは言っても、カウンセリングに関しては、医師から“無理に受ける必要はないが、試してみてもいいかも”とやんわり提案されたので、何のプレッシャーなくそうしてみようと思えました。
ただ残念なことに、その個人医院には躁鬱状態と摂食障害に対応できる臨床心理士がいませんでした。そこで、医師の紹介で規模の大きな精神科病院にも通院し、そちらで臨床心理士によるカウンセリングを受けることになりました。
カウンセリングを通じて得た気づき
例えば、私は“気の良い同僚に迷惑をかけないように仕事は完璧にこなすべき”という思い込みが強すぎて、申し訳なく感じ、ミスをしたときに過度に自分を責めていました。
でも、カウンセリングを通じて『人間はミスをするもの』『100%完璧でなくても仕事は成り立つ』と考えられるようになり、それが免罪符となり、少し気持ちが楽になりました。
その後、発達障害の検査を受け、精神障害者保健福祉手帳を取得しました。最終的には仕事を続けることが難しくなり、障害年金の申請をすることになりました。
それらに関しては別の記事で書いているので、興味があればそちらをご覧ください。
▶ 関連リンク:社会不適合者のうつと障害年金 厚生年金期間中の受診が重要・社会不適合者が精神障害者保健福祉手帳を取得するメリット
私にとって、臨床心理士と話をすることは大きな支えになりました。結果的に、社会に適応した働き方を無理に選択するのをやめ、障害年金で生活の基盤を確保し、不足分は人間関係のストレスが少ない仕事で補うという生き方を選びました。
カウンセリングを受けてみて、最初はただ話を聞いてもらうだけで何かが変わるのか半信半疑でした。
しかし、続けるうちに、自分がなぜ形だけでも社会に適応しようとして苦しんでいたのか、その原因が少しずつ整理されていきました。
今、振り返って思うこと
一般的な価値観からすれば、私は「社会不適合者」として後ろ指をさされる立場かもしれません。
しかし、家族とはすでに絶縁状態で、世間体を気にする必要もなくなりました。
社会的なプレッシャーから距離を置き、穏やかに生きられるようになった今、心療内科の医師や臨床心理士には感謝の気持ちしかありません。
生きづらさを抱えている人にとって、適切な医療機関や支援を見つけることは重要です。私の経験が、同じように悩んでいる方の参考になれば幸いです。
カウンセリングを受ける前と後で変わったこと
私がカウンセリングを受けて良かったと感じる点です。
受ける前
- ミスを過度に気にし、自己嫌悪に陥る
- ストレスから過食と過度な運動を繰り返す
- 「自分が悪い」と思い込み、精神的に追い詰められる
受けた後
- 「ミスをしてもいい」と思えるようになり、気持ちが軽くなる
- 過食の頻度が減り、無理な運動をやめられた
- 「社会に適応しなければ」という思い込みを手放し、自分なりの生き方を考えられるようになった
▶ 私にとってカウンセリングは、「社会に適応するための手段」ではなく、「生きづらさを減らすためのもの」だったのでしょう。